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「前のタクシー追ってください!」
中田幸奈は尾行中だった。友人の彼氏とその浮気相手と思われる女性を追っている。
しばらくして、車は大きなショッピングモールについた。
(あ…ホテルじゃないんだ)
タクシーを降り、人ごみに紛れて2人を追う。
そして着いた所に、幸奈は唖然とした。
(と…トイレ…だと!?!?)
2人は吸い込まれるように男子トイレに入っていった。
(それでいいのか女子!?)
しかしこれは証拠を押さえるチャンスでもある。2人が一緒に入っている個室の隣に入る。便器は洋式で、トイレットペーパーが1枚流されずに残っていた。
そのままにしておくのが気になって、なんとなくレバーを引いた。
すぐ後悔したが、隣のドアが開いた様子はなく胸をなでおろす。
トイレの水は流れ、流され…あれ、おかしい、え、ちょ、まっ
もしかして私流されてる!!?
「便器に流されてタイムスリップとか、それなんてまるマ――――っ!!!」

***

ぴちょん、と水が跳ねるような音がして目が覚めた。目映い光に目がくらむ。
目が慣れてきて周りの景色が見えるようになるにつれ、状況を把握しようと脳みそをフル回転させた。
どうやら森?の中にいるようだ。何故トイレから流されてこんなところに出て来るのか。
(私、実は魔王だったりするの?)
先の見えない展開に混乱していた。
風が吹いて、身体が冷えきっていることに気付く。そういえばびしょ濡れだ。運が良いのか悪いのか、流されて倒れていた所は開けた土の上だったけれど、見渡すとなかなか荒れ果てている。こんなことならサバイバル術を身につけておくべきだった、と元の場所をおもう。

そして、もう一度振り返る。
その開けた地にはひとつの、まっ白な、便器。
(………便器!?)
一度存在を完全に無視しようとしたそれをもう一度確かめるべく目を凝らす。と同時に、視界がぐにゃりと歪んだ。
貧血に似たそれに立っていられずに座り込んだ。
視界が真っ白に染まる。

頬に伝わる冷たさ。
手のひら触れるとやはり冷たく、固い。
よく磨かれたそれは上から降る光りに照らされて輝いている。
ぼってりとした体から足にかけてのくぼみはまるで女体をも思わせる。
蓋を開けると泉を抱え、ただそこに佇む。
そう、これは便器だ。
(あれ、何してたんだっけ?)

「そうそう、便器に思いを馳せてる場合じゃなかった」
声に出して呟くと、現実がはっきりとしてきた。
見渡すかぎりの草木、そして便器。土の上にぽつんとある真っ白なそれは、今の状況が普通ではないことを大いに語っていた。そしてショッピングセンターでみたものと多分同じだった。

やはり流されてきたのだろうかーー

何にせよここにいても仕方がない。幸奈は元いた場所に帰るため、ここにくる直前の記憶を辿った。そしてもう一度トイレのレバーを引いた。
「…流れない…」
そもそも水がたまっていない。
仕方がないので付近を少し歩いてみることにした。もしかしたら どこかに水があるかもしれない。それをトイレに入れてレバーを引けば、水が流れて帰れる…かもしれない。
もしくはここは下水場のある普通の森で、本当に流されてしまっただけかもしれない。
それかショッピングセンター近くのただの森だったりして。
それならサバイバルせずにすみそうだと存外希望がみえてくる。
たとえ言葉が通じなかったり空飛ぶ骨が飛んでいようとも。
「とにかく何があっても私は驚かないぞ!!」

固く決意したと同時に横の草むらからガサッと音がして飛び退いた。
「ぎゃー!!」
どすんと尻餅をついた。早速驚いてしまった。尻を摩りながら音の原因を見ようと顔を上げる。
そこにいたのはものすごく武装した男の人だった。ぎょっとして彼を見ていると、彼もまた幸奈を驚いた様子で見ていた。

男の人はきれいな整った顔をしていて、きっとあの装備の下はがっしりした筋肉のついた素敵な身体なんだろうなどと考えていると、彼は幸奈の方に歩み寄ってきて手を差し出してきた。
「へっ?あ!」
起こしてくれようとしていることがわかって手を握るとぎゅっと掴まれてぐいっと立ち上がらされた。
「すみません、ありがとうございます」
「○×▲□★※」
「は?」
私の手を握ったまま、彼は何か言った。ひとつの単語も聞き取ることができなかった。
「あ、あの。あいきゃんとすぴーくいんぐりっしゅ…」
引きつった顔で言うと、彼はため息をついた。英語ではなかったようだ。

気がつけばここに来たときには濡れていた全身も、すでに乾いていた。水がたまっているように見えた便器にも、改めて見たときには水滴のひとつ存在しなかった。
そして現れた西洋騎士風で体格のよさそうなこのイケメンである。
幸奈の困惑した表情を見て騎士風の男はなぜか被り物をはずした。
被り物の下から現れたのは、真っ直ぐに伸びた、透き通った水色の頭髪。
(なにこの色地毛!?)
「○×□◆×?」
やはり単語ひとつとして聞き取ることができない。
「えっ、いや、だからなに言ってるのかわかんないんだって!えっとー、なますて?めるしー!すぱしーば!くーげるしゅらいばー?」
とりあえず知っている外国語を並べてみたもののなんの反応も得られなかった。
異様な頭髪の色の騎士?と二人、便器の側に佇むこの光景はどう考えても滑稽なものである。
「□◆▽×◇!」
騎士が何か鬼気迫る表情で言ったと思うと幸奈は腕を捕まれ、茂みの奥へと引っ張られた。
「えっ、な、なに」
茂みはすぐに途切れ、また開けた土地に出る。
しかしそこにあったのは便器ではなく、横たわる人の姿だった。
そして、その姿は
「…………………………私…?」

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